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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

混迷の時代へのヒント

 世界中でオミクロン株が猛威を振るうなか、大半の規制を撤廃したイギリスやデンマークをはじめ、コロナウィルスとの共存へと大きく舵を切る国が出始めています。ある程度の感染拡大を想定しながらも、規制一辺倒ではなく社会・経済活動を回して行こうとする考え方ですが、今後もし日本で同様のことをするとしたら、相当な政治決断が必要になりそうです。そしてその時、行政側として矢面に立つのが厚労省であるのは明らかでしょう。
 今月の新刊『厚労省―劣化する巨大官庁―』の著者・鈴木穣さんは、東京新聞で厚労省を担当して10年以上のベテラン記者。医療、介護、労働、年金など国民生活に直結する多分野を所管し、コロナ禍が始まって以来、世の耳目を集めつづける省庁の組織研究です。職員数3万人というマンモス官庁の歴史と役割、政治との関わり、薬害や収賄など不祥事の数々まで、ブラック霞が関の象徴ともいわれる同省の「今」を徹底解剖します。
 組織研究に通じるものがあるのは、マツダの創業者一族をめぐるファミリーヒストリー『マツダとカープ―松田ファミリーの100年史―』。マツダというと、トヨタやホンダ、日産には売り上げでは遠く及ばないものの、独自のエンジン開発や洗練されたデザインなど個性的なクルマ作りで北米にもファンが多いことで知られます。著者の安西巧さんは日経新聞の元広島支局長(現編集委員)で、前作『広島はすごい』は県内を中心に大きな話題になりました。「尖った経営」が共通しているマツダとカープの「不屈のDNA」をドラマチックに描きだします。
 浄土真宗と曹洞宗といえば、国内で1、2の信徒数を有する二大宗派。『親鸞と道元』では、京都文教大学学長の平岡聡さんが、二人のスター宗祖とその思想を徹底比較していきます。前著『南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経』では、法然と日蓮とを比較研究しましたが、本作では、坐禅か念仏か、自力か他力か、悟りか救いか――あらゆる面で対照的な二人をめぐって、さらに日本仏教の真髄へと迫ります。
 今月のイチ押しは、五木寛之さんの最新作『背進の思想』。「背進」とはふだん耳慣れない言葉だと思いますが、小説『親鸞』6部作で知られる五木さんが「他力」と同様しばしば用いる言葉の一つ。前向きに前に進む、今はそんな時代ではない。ではどう考えればいいのか――という時代認識のもと、まとめた一冊です。意識より無意識を、デジタルよりモノの手触りを、断捨離なんてとても無理、コロナだけでなく世界は常に想定外、等など、時代の流れに背を向けつつもしなやかに生き抜くヒントにあふれています。
2022/02